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【投書が届きました。⑪】
→つづき
※内容は、投書内容の『原文のまま』です。
■ エピソード10
『なりすましを排除せよ?―それは、住民の声を封じる詭弁だ!ー』
理事役員や、専門委員への『なりすまし』や、『外部関係者による関与』をメディアでも見かけるが、もちろん、“なりすまし”というような人を欺くことを推奨はしない。
しかし、管理会社側の都合で進められる理事会や、専門委員会に参加してでも検討の軌道を修正したいと思う気概を通すには、少々荒っぽい方法を取らざるを得ないことには少しは理解できるものだ。言い換えれば、それくらいしないと誰かの意のままに操られるのかもしれないと言うことなのだ。
住民側の選択肢、管理組合の民主主義を守るためには、排除ではなく、受け入れなのだと思う。管理会社は、国や行政を巻き込んで知識人や反対勢力の排除の制度化を進めようとする動きも見られる。狙いは、管理会社にとって都合の悪い知識人を排除するためではないだろうか。
『なりすまし』より厄介なのは、『のっとり』なのに。
『なりすまし』をしてまで管理組合改革をしたい、管理会社主導の協議に反対意見を述べたい。『なりすまし』の行為は、排除されるべきとは思うが管理会社は、『なりすまし』の行為より、『異を唱える』ことを排除しようとしているように思える。
知識の乏しい住民の代わりに知識をもって立ち向かう存在(管理会社にとって厄介な存在)を排除することができれば管理会社にとっては再び『反論のない誘導』が手に入る。
管理組合には、『なりすまし』より以前から『支配者』の存在はあった。
この『支配者』とは、時に思惑を通すことを狙った管理会社だったり、
自分の意向を押し通して管理組合を牛耳ってきた存在の人だったり、
共同の利益が重んじられる管理組合運営において自己の利益を押し通す人らがいた。
このような人たちは、無自覚による“わがまま”だったりもする。
しかし、結果的に支配構造を作ってしまうことになるので管理組合運営の基本原則である“自治運営”とはいかいのだ。
誰のためのマンション管理か?
『住民でなければ理事役員になれない』というルールは、
『住民であれば不正に気づけなくても仕方がない』という“免罪符”になってはならない。 排除すべきは、不正を隠す構造だ。
(【投書が届きました。⑫】へつづく→)